「日本で一人で生きていく力を」 海外にルーツを持つ子どものためのサードプレイス

地域おこし協力隊(多文化共生コーディネーター)

渡邊 麻衣

愛知県出身。外国にルーツを持つ方への日本語指導が専門で、NPO勤務、青年海外協力隊など国際協力に関わる仕事を10年以上続け、2022年に辰野町に移住。

取材・文:松田 写真:矢田

なにやってるの?

子どもたちの多様なルーツを尊重する教室「カラフル」

週3回、ブラジルやパラグアイなど、様々な国をルーツに持つ子どもたちが集まってくる、にぎやかな教室がある。辰野町の地域おこし協力隊である渡邊麻衣さんが2022年秋にオープンした、学習支援教室「カラフル」だ。

この場所の役割は主に3つ。1つ目は、子供たちの勉強や日本語の支援。外国にルーツを持つ子供たちは、問題文の意味がわからなかったり、家庭で保護者が宿題を見てあげられないなどの理由で、学校の勉強についていけなくなってしまうことがあるため、渡邊さんがここで支援している。

次に、外国にルーツを持つ親子に日本の教育制度を知ってもらうこと。義務教育は中学校までだが、実際には長野県の中学生の約99%が高校に進学している。学習が遅れて県立高校の入試が突破できず、家計的に私立にもいけないケースが実際に生じており、さらにそういった日本の教育事情を保護者が知らず、対応が遅れてしまうケースも多い。カラフルの存在を広く周知し、早めからの対策の必要性を伝えたいという狙いもある。

最後は、子供たちが気軽に集まれる場としての機能だ。日本語を覚えるために、学校では自分のルーツの国の言葉を禁じられることが多い。子供たちは無意識に日本語以外で話すことは悪であると認識してしまうのだ。ここカラフルは日本語を教える場でもあるが、一方で子供たちのルーツの国の言語も禁止していない。子供たちが自由に、安心して学べる場を目指している。

なぜ辰野?

子供は住む場所を選べない

渡邊さんは高校時代、英語もポルトガル語もわからない状態でブラジルへ留学した。日本人が一人もいない環境で、「自分が外国人である」ことをひしひしと感じた。もちろん自分の意志で行ったので乗り切ることができたが、いま日本にいる外国にルーツを持つ子供たちは、親の都合で日本に来ている場合がほとんど。社会人になってからは、自身の経験も活かしながら、保育園や小学校でそのような子供たちへの日本語教育を専門としてきた。

辰野へ来て協力隊として活動する中で、ここでもやはり子供に対する支援が足りないと感じた。外国にルーツを持つ子供たちは、日常生活で使う日本語はできている場合が多い。そのため周りの大人からは大丈夫だと思われがちだが、例えばテストの問題文が全く読み取れない、宿題を見てくれる親がいないなどの理由で学校の成績が悪くなってしまう傾向がある。義務教育期間は成績に関係なく進級できてしまうがゆえに、保護者も本人も全く気づかないまま、高校受験になって突然行けるところがないという状況になってしまう。すべての子供たちに、ここ日本で一人で生きる力をつけて欲しいという思いから、「カラフル」が誕生した。

どうやってはじめたの?

まずは協力隊として

アルプスに近い古民家に住みたいと思い塩尻と愛知の二拠点を続けるうち、本格的に移住をしたくなったそう。経験を活かして外国人支援・多文化共生に関わる仕事ができるどうか役所に問い合わせたが、ボランティアしかないとの返答だった。一旦仕事は諦め、まず移住してしまおうと家を探していたところ、辰野町に行き着いた。町内の空き家を案内してもらうなかで仕事の話になり、協力隊としてであれば外国人支援ができそうということで、移住が決まった。

伝言ゲームでみつかった教室

やはり子供への支援が必要だと感じ、教室を開こうと決めた。まずは役場の関係する部署やその他関係者に説明して頭を下げて回った。小学生を対象にするため、学校から徒歩で通える場所がいいと考えたが、最初に希望していた場所の許可が下りないなど、なかなか一筋縄ではいかなかった。そんな中、他の協力隊を通じて、学校の近くでSTEAM教育を行う教室を開いた須佐さんに巡りあった。直接面識はなかったものの、教室の構想を話すと須佐さんは快諾。すぐに開校が決まった。

全員を救うのは難しい

はじめることで見えてきた課題も多い。保護者の方が送迎できないため来られない家庭、かかる費用は教材費だけであるとはいえ、それでも厳しい家庭。必要な支援をすべての子供に行き渡らせるためいきわたせるにはまだまだ道のりは遠い。「そんなの開校前から分かっていた課題じゃないのか」。そういう声もあるだろう。ただ、筆者は、完璧や平等を求めて目の前の子供を救えないよりは、渡邊さんはがむしゃらに目の前の子供を助けることを優先しているように思う。子供の1年は、大人にとっての1年より、何倍も早くて濃いのだろう。一刻もはやくこの活動が広まり、より多くの子供に行き届くことを願ってやまない。

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